道
11/10 07:26
一週間が早すぎる
11/01 06:00
あっというまに一週間…
そしてまた一週間
ぼくの好きなシンガーソングライターの
奥井亜紀さんというひとが
「歳をとるごとに 後悔と1日が過ぎていく 恐怖を感じた」
というフレーズを歌ってたのですが
まさにそう思います。
「このまま老いていくだけ」というのだけはカンベン…!
この不景気に仕事があって、家族がいるってだけで
幸せなことなのはわかってるんですが!
これ以上を求める自分がワガママ入ってる、ってのも解ってるんですが…!!
最近の制作
10/31 20:49

というような絵を描いていたのですが、
どうしてもフラミンゴの資料が足らず、
しかし産まれて3ヶ月の子どもがいる上に
インフルエンザが猛威をふるっているこの時期に動物園にいくことも
できるはずもなく、ひとまずこの絵は休憩で新しい絵を描くことにしたのです。
というわけで、
この夏の展覧会で知人が彼女さんをモチーフに絵を描いて入賞していたので
「ぼくもいつでも描ける絵にしよう」と奥さんと子どもをモチーフに描くことにしました。
いや、対抗しようと思ったのではないのです。
ホントです。
ぼくがいくらあやしても泣き止まない時に
奥さんの声が聞こえると泣き止む子どもを見て
宗教画の聖母子像の見方が変わる思いがしたからです。

何かの本で読んだのですが、
父親は帽子をかぶるだけで「知らないおじさん」になってしまうのに対して
母親はサングラスをかけても母親なのだそうです。
そんなの知ったら神秘的に見えて仕方ない。
…子守がヘタな言い訳では…ないですよ?
写楽の肉筆画と政権交代で思うこと。
10/12 22:52
ちょっと前の話題なのですが、
東洲斎写楽の肉筆画がギリシャで発見された話題がありました。
写楽といえば1794年ごろ、たった半年間の間に120点(だったかな?)ものの浮世絵を描き、突然いなくなった伝説の浮世絵師です。
その写楽の直筆の、しかも浮世絵界からいなくなった後の作品が出てきたわけですからテンション上がります。
で、コチラで見ることができたのですが今回は間がわるく見にいけませんでした。
が、もっと残念なことが、この作品が海外で発見されたことです。
日本の絵師の作品なのに、わざわざ「お借り」して特別展をひらく。というか、そもそも浮世絵自体、海外で評価されてから日本でも「アート」として認知されるようになってる経緯があるわけです。
ぼくの知る範囲で整理すると
1 明治維新で西洋の文化を取り入れたときに美術も西洋化した
2 「美術」という言葉も日本にはなく、西洋の文化を取り入れたときに西洋のアートの日本版みたいなものを寄せ集めて無理やり「美術」というカテゴリーを作った
3 仏教の力をそぐために今でこそ美術品の仏具を捨てまくった
というのが、今の日本人の日本美術に対する価値観の根底にあるように思います。
で、最近突然インターネットなんかでグローバル化が進んで海外で日本の美術が評価されてることがわかったけど、気がついたら自分とこの国の美術品はアレコレ世界に流出しちゃってた。って感じの印象です。
将来、こういった事態を食い止めることを考えると
先日民主党に政権交代して取りやめになった国立総合メディア芸術センターは将来のために意味のあるもののような気がするのです。
100年後200年後に今現在日本で生み出されている芸術作品を海外に流出させないために。
だって、浮世絵も歌舞伎も当時は「江戸の風紀を乱すもの」とされてお上に厳しく睨まれてたっていう、今の若者の間で流行ってる色んなものと同じ現象なわけですから。客観的に見て、将来日本の誇れるような文化になりそうなものを保護しておく必要は絶対あるように思うんです。
ただ、今のこのご時世であの予算は苦しいので
すでにあるハコモノをうまく利用すれば良いのになァ、なんて思うのです。
最近、六本木にお客を持ってかれつつある上野辺りとか、そういう余裕はないのかなァ・・・。
六本木はカッコイイ感じがしますが、「日本芸術界の伝統」というと上野な感じなんですけどね。
まァ、地方のイチサラリーマンの戯言ですけど・・・。
東洲斎写楽の肉筆画がギリシャで発見された話題がありました。
写楽といえば1794年ごろ、たった半年間の間に120点(だったかな?)ものの浮世絵を描き、突然いなくなった伝説の浮世絵師です。
その写楽の直筆の、しかも浮世絵界からいなくなった後の作品が出てきたわけですからテンション上がります。
で、コチラで見ることができたのですが今回は間がわるく見にいけませんでした。
が、もっと残念なことが、この作品が海外で発見されたことです。
日本の絵師の作品なのに、わざわざ「お借り」して特別展をひらく。というか、そもそも浮世絵自体、海外で評価されてから日本でも「アート」として認知されるようになってる経緯があるわけです。
ぼくの知る範囲で整理すると
1 明治維新で西洋の文化を取り入れたときに美術も西洋化した
2 「美術」という言葉も日本にはなく、西洋の文化を取り入れたときに西洋のアートの日本版みたいなものを寄せ集めて無理やり「美術」というカテゴリーを作った
3 仏教の力をそぐために今でこそ美術品の仏具を捨てまくった
というのが、今の日本人の日本美術に対する価値観の根底にあるように思います。
で、最近突然インターネットなんかでグローバル化が進んで海外で日本の美術が評価されてることがわかったけど、気がついたら自分とこの国の美術品はアレコレ世界に流出しちゃってた。って感じの印象です。
将来、こういった事態を食い止めることを考えると
先日民主党に政権交代して取りやめになった国立総合メディア芸術センターは将来のために意味のあるもののような気がするのです。
100年後200年後に今現在日本で生み出されている芸術作品を海外に流出させないために。
だって、浮世絵も歌舞伎も当時は「江戸の風紀を乱すもの」とされてお上に厳しく睨まれてたっていう、今の若者の間で流行ってる色んなものと同じ現象なわけですから。客観的に見て、将来日本の誇れるような文化になりそうなものを保護しておく必要は絶対あるように思うんです。
ただ、今のこのご時世であの予算は苦しいので
すでにあるハコモノをうまく利用すれば良いのになァ、なんて思うのです。
最近、六本木にお客を持ってかれつつある上野辺りとか、そういう余裕はないのかなァ・・・。
六本木はカッコイイ感じがしますが、「日本芸術界の伝統」というと上野な感じなんですけどね。
まァ、地方のイチサラリーマンの戯言ですけど・・・。



